ヒロシマ、広島菜、そして美術展

雹による広島菜被災の翌日(昨日28日)に、当初の予定通り広島市立大学で開催されている岩崎貴宏展へ行きました。

この春に市立大学芸術学部の准教授として着任された岩崎さんは、広島市を拠点として国内外で活躍する芸術家です。

岩崎さんを知った経緯はこちら

土曜なので閑散としたキャンパスを思っていたら、学園祭の真っ最中でした。(この賑わいも傷心の自分にとって有り難かった)

芸術学部の建物5階にある展示室は2~3人ずつの入れ替え制で、幕をくぐった先の室内入り口から鑑賞するようになっていました。

最初に作品を目にしたときは、平面的で黒一色の光景に軽い失望を感じました。期待が大きかっただけになおさら・・・

備え付けの双眼鏡で作品を見ることもできました。

これは焼かれたまま立っている樹木。

作品全体の素材は、バーベキュー用木炭、画用木炭、シャーペンの芯、黒のビニールシートとのことです。

広島の中州先端にある宇品港は、日清戦争から太平洋戦争終結まで旧日本軍出征・兵站の重要拠点だったそうで(会場の説明文より)、行き交うたくさんの船はその時代を表しているのでしょうか。

これはこの春にG7広島サミットの会場になった宇品のグランドプリンスホテルとのこと。被災当時にこの建物はなかったはずで、過去と現在が交わる作品でもあるのでしょう。(シャーペンの芯で作られた電柱が見えます)

市内を流れる太田川に橋が架かっています。「シートのしわの1本まで気を配って作成されていた」と私の質問に受付の人が答えました。

室内のほぼ全景。原爆投下地点から海に向かっての地形が再現されています。下がっている電球は原子爆弾。

鑑賞を終えてから受付の人に、双眼鏡で眺めていると自分が米軍の将校になったような感じがしたと話すと、作品は立って見ると米軍の視点になり、低い位置から見ると広島市民の視点になることを意図されている、と説明されました。(右手の建物は平和記念資料館です。ここでも過去と現在が・・・)

「次の方があるのでもうそろそろ」と受付の人に声を掛けられるほど作品を見ていました。眺めるほどに心に響くものがある、期待を大きく超える作品でした。

(画像は鑑賞後に見た校内とその向こうに見える広島市の副都心である西風新都)

さて、こちらは過去に経験したことのないほどの大量の雹によって傷ついた広島菜の3日後の様子です。出荷を数日後に控えているときの突然の惨事でした。

虚脱感は未だ消えないのですが、それでも昨日の作品鑑賞によって少しだけ被災に対する見え方が変わったようにも感じます。

あの作品と自分の被災とがリンクしていると、昨日、帰りのバスの中で考えたりもしました。
(もちろん、被災の規模は天と地との差があるとは言え)



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