半夏 田植えばやし

 

2019年7月7日(日) 島根県邑智郡邑南町矢上

 

田植ばやしについての投稿は2015年以来の4年ぶりになります。

(前回の投稿については上記Tagsの「半夏」をクリックしてください)

そして、その4年ぶりの今回の投稿は1ヶ月以上も遅れてしまいました。

 

 

例年通り午後3時から矢上小学校校庭で一難城やったあとにお宮へ移動しました。

(写真後方に見えるのがお宮の森です)

 

「一難城(ひとなんじょう)」とは「一曲」というぐらいの意味になります。

 

 

お宮では四難城行います。

 

 

近年では小学生全員が参加するこの行事も、私が子供の頃は集落ごとに参加不参加がまちまちで、参加することによってお花(現金)がもらえる他集落の同級生たちを子供心にうらやましく見ていたものです。


 

それまで田植えばやしに縁がなかったそんな私が小太鼓を叩き始めたのは30代半ばのことでした。

 

 

手取り足取りに教わる機会があるわけではなく、この時期に数回通しで行われる予行練習と当日の本番だけで見よう見まねに続けてきたということもあって、小太鼓を叩く上での田植えばやしの全体像をそこそこ理解するにはそれから10数年の歳月が必要でした。(ようやく「なんとなくわかった」という感じです)

 

そして、そんな悠長なことを20年も続けてみると、そういうことをもっているということに自分にとってのある価値を感じるようでもあるのです。

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新緑の候

 

午前中の養蜂の仕事の帰り道、みどりがやけにきれいなので撮ってみました。

 

熊ヶ垰(くまがたお)


原山(はらやま)

 

冠山(かんざん)

 


岩国ジャズストリート

 

4月28日(日)ゴールデンウィーク2日目。

女房が知人から「こんなのがあるんだって」と教えてもらったので、島根から出かけて行きました。

午前11時過ぎ、JR岩国駅下車。駅前の商店街へ向かうと、アーケードの方から「これから第5回岩国ジャズストリートを開催します」とマイクを通した声が聞こえました。

 

Jazz General(広島大学Jazz研究会の現役とOB)

 

この場所で開会宣言があったようです。

午前11時30分。12時からの各会場でのライブに先駆けての演奏です。

気分が高まります。

 


Corydoras Jazz Quartet(岩国市を拠点)

12時からの「鹿鳴館」でのライブ

 

このイベントは、商店街12ヶ所の店舗などで同時に開催されるので、チラシのスケジュール表を見ながら行き当たりばったりで行動するしかありません。(お目当てのバンドがある人は別ですけど)

 

岩国Jazz9(岩国市ほか)

13時からの同じく「鹿鳴館」でのライブ

 

1セットが1時間。そのうちの40分が演奏時間で、残りの20分が次の演奏者に交代する準備時間になっています。

 

 

次の会場に向かう路上でも演奏してました。


Alter Ego(広島・岡山を中心に活動)

14時からの「ほまれ座」でのライブ

 

出演は全部で約60団体。

それに対して、開催は12時から17時40分までの約6時間。

普通なら(演奏中に会場を移動すれば別だけど)6グループの演奏しか聴けない訳です。

 

 

ちなみに、これを持っていればどこの会場でも入ることができます。

 

over ride(岡山県を中心に活動)

15時からの「club LOUDSTAR」でのライブ

 

いろんなお店に入ることができるのも楽しかったです。

 

organ shining ☆stars(山口県柳井市で活動)

16時からの「錦月堂本舗」でのライブ

 

ここまで行き当たりばったりで選んだのにどの演奏も素晴らしかったということは、聴けなかった残りのグループの演奏もおおよそ推測できるというものです。

どれも想像以上であろうということを。

 

憩ブルース探偵団(岩国市を拠点)

17時からの「ピアノ」でのライブ

 

ところで、私もギターとか弾けるんです。かれこれ40年ぐらい弾いてるんです。

だから、あんなに上手に演奏できる人たちを次から次へとたくさん目の当たりにして軽いショックを受けています。

(みんなすごすぎるというか、こちらがだめすぎるというか・・・とほほ)


 

ノリノリのロックンロールのこのバンドのアンコールには(最後のバンドの演奏なので特別にアンコールがあったようです)、前夜に岩国市民文化会館でコンサートをしたという、ニューヨークで活躍するジャズピアニストの大林武司さんと彼のバンドのベーシストが参加して、最高に盛り上がりました。

 

さて、ギター練習しようっと・・・

 


「10万年トランク」邑南町公演

 

夫婦で演劇公演に向けてのお手伝い(会場借用・宣伝等)をしました。

 

島根県全市町村ワンマンツアー 「10万年トランク」邑南町公演

作・演出 樋口ミユ 出演 西藤将人(雲南市 劇団ハタチ族)
日時      平成31年3月31日(日)14時00分開演
場所   矢上交流センター 多目的ホール

観劇料  投げ銭制

 

(チラシの表)

 

1/25(金) 演者 西藤将人さんのフェイスブックの投稿に、私がコメントを書いたのがその始まりです。

 

『 島根全19市町村ワンマンツアーの日程を組みたいのになかなか進まない。全都道府県ツアーよりも遥かに大変だぞ。‪公演会場の紹介と周知のご協力者を求めております!』

 

『 邑南町です。できる範囲でお手伝いします。微力ですが。』

 

(チラシ裏面の一部)

 

3/1(金) 日時・場所などが決定して、劇団のウェブサイトへも詳細が掲載されました。

この1ヶ月の間、西藤さんと連絡を取りながら、詳細を詰めて行きました。

 

妻はさっそく知人への宣伝を始める。

私は地元のケーブルテレビに公演の情報を流す。(編集会議で検討されたそうだが、公演当日はとても行事が多い日で取材はなくなった)

 

(山陰中央新報イベント情報欄)

 

3/15(金) チラシのデータが来ました。私も行動開始です。チラシを印刷して町内を回りました。

 

【 公的施設 】

市木公民館、矢上公民館(会場の交流センター)、中野公民館、井原公民館、町立図書館、
元気館(教育委員会事務局)

 

【 個人 】

市木のIさん(ご夫婦で大阪まで観に行くほどの演劇好き)

市木のNさん(妻の知人で関心あり)

矢上のHさん(文化的なことでこの人は外せません)

矢上のHさん(Uターン前の神戸時代には時々お芝居を観てたそうです)

矢上のT君の奥さん(T君は私の同級生で関心がありそう)

井原の喫茶店「とおりみち」(このお店にこのチラシがあると素敵だと思ったのです)

役場のH課長(中・高時代は演劇部だったそうです)

 

【 その他 】

山陰中央新報のイベント情報欄への掲載依頼。

某所の某くんが「今夜、(比較的)若い人たちの集まりがあるから、そこでチラシ配っとき

ますよ」と言ってくれる。

市木のIさんが、17日の映画会会場にチラシを置いてくれることになる。

 

(邑南町ケーブルテレビ全町情報)

 

3/17(日) 井原地区へ宣伝に。

 

○井原のTさん宅へ

Tさんは、この田舎町において一流プロミュージシャンによるコンサートを数多く実現させた人。
お留守だったので携帯に電話すると「その日は所用で行けないけど、宣伝お手伝いしますよ。今日の午後に浜田市で朗読劇があるんだけど、そこでも宣伝しときます」とのこと。

○井原のIさん宅へ

ご夫婦ともに文化的活動をなさっている。ご主人にチラシを渡す。
「自分も好きだし、何かお手伝いすることがあったら言ってください」とのこと。

○井原公民館で彼岸市をやっていたので立ち寄る

何人かの知人にチラシを見せて声を掛けるが、こういう場で関心を示す人に出くわすのは難しい。

○井原のSくん宅へ

私の同級生。私が演劇に関心を持つようになったのは、学生時代、同じく東京で暮らしていたSくんに誘われて、新宿の紀伊國屋ホールで観た野田秀樹の当時の劇団「夢の遊眠社」の劇だった。(初演劇での衝撃)
Sくんは留守だったけど、Sくんの職場に人がいたのでチラシお願いする。

 

(公演前日)

 

3/24(日)近回りを宣伝。

 

私の集落を中心に、近場で関心がありそうな人のお家を8軒ばかり訪問。

それから、近所のおじさんがクワを担いで歩いていたので、車から宣伝。

さらに、若い人を開拓したいと思って、5kmほど先の知り合いの高校生Tくんちに行ったら「あ、興味ないですね」とのご返事。(絵とか描くからひょっとしたらと思ったんです)

ちなみに、今朝、婦人会の総会に出かけた妻は、そこで関心ありそうな知り合いに宣伝すると言う。


(公演当日)

 

3/26(火)地元にある山陰中央新報社の邑南通信部に行く。

 

ここは数年前にできた新聞社の支局みたいなところなのだけど、入るのは初めて。

「こんにちは」

女性が出てくる。

「矢上の○○と言います。今度、こんなことをやるんで、紹介に来ました」

チラシを見せる。

「あ、ハタチ族ですね。○○さんは矢上のどの辺りですか」

「○○○(集落)です」

「私、今日着任したばかりで、ここの土地のことがよくわからないんです」

「(着任)ということは・・・」

「記者です」

「通信部だから部長さんですね」

「いや、そうではないけど・・・ハタチ族が365日公演をやってたときに西藤さんに取材したことがありますよ」

「そうですか。それにしても、着任初日にお邪魔するなんて、なんだか縁起がいいなあ」

「ここに来たばかりで当日の予定がはっきりしないけど、都合がつけば行きますよ」

 

(公演当日)

 

3/28(木) 山陰中央新報(地元地方紙)のイベント情報欄に掲載。

3/29(金) 地元ケーブルテレビの全町情報に文字とナレーションで放送。

 

(公演当日)

 

3/30(土)会場である、矢上交流センターの入り口に掲示を置かせてもらう。(併設されている図書館の利用者の目に留まりますように!)

 

掲示を終えてセンターを出ると、駐車場に役場のK・Uくんの姿が。

「なにしてるの」

「今から矢上診療所の開所式があるんです」

来賓の車が来る合間に駐車場係のK・Uくんと話していると(やって来る車は多くない)2人の町議会議員が別々の車で到着する。(たまたまだけど、奇妙なことに2人とも私の妻とは親戚関係だった)

「明日こんなことやるんです。よろしかったらどうぞ」

チラシを渡す。

ふたたびK・Uくんと話していると、駐車場の先の道路を地元、元青年のOくんが歩いている。

「Oくん、Oくん、明日交流センターでね・・・」

「一人芝居でしょ」

「えっ、なんで知ってるの?」

「ケーブルテレビで見ました。演劇をここ(この町)で見れることなんてないから、行かなきゃと思ってますよ」

 

さらに駐車場にやって来た数人の知り合いにも声を掛けることができて、なかなか効率的な宣伝の機会を得ることになった。

 

(開演前)

 

3/30(土) フェイスブックに投稿した私の記事から

 

さて、邑南町公演まで残すところ10数時間となりました。

私の宣伝投稿もこれが最後となります。

ここで、原点に戻ってみようと思うのですが、結局、このとき(2015年のハタチ族の公演)を夫婦で観て「また観たいなあ」と。そして今回、「邑南町にも来るよ」「じゃあ応援しなくっちゃ」・・・ただこれだけでこれまでやって来ました。

それでは、『 たくさんのご来場、お待ちしています! 』

 

3/31(日) 午前、私の携帯電話の登録のなかで関心がありそうな10人ぐらいに電話する。

 

(開演前)

 

3/31(日)公演終了。おかげさまで観客は40名。

もちろん、人間、欲なもので、40だったら50は行きたかったと思ったりしながらも、ともに宣伝してきた女房と2人で「やったね♪」と。


恵未童画館

 

恵未童画館(めぐみどうがかん、島根県江津市)

 


(玄関)

 

先々週に所用で江津市に出掛け、そのときにたまたま見つけた童画館へ行く。

その日は1人で(童画館は休館だった)、今回は女房と2人。

今日3月3日は我々夫婦の28回目の結婚記念日で、私はもうじき58歳になる。

 

(玄関から)

 

そして、江津市から帰宅して、このブログを書いている。少々混乱しながら。

 


(お仏壇)

 

童話画家 佐々木恵未、2014年1月20日逝去、享年59歳。

私とひとつ違い。

 

(アトリエ)

 

個人美術館としてのこの童画館はとてもよかった。そのことは写真だけでも十分感じてもらえると思う。

だから、ここからは私たちの個人的なことを書き留めておく。

 

(2階の展示室 1)

 

同じ江津市に前田新維(よしただ)という男がいた。彼は私とは遠縁にあたる。

前田は知る人は知る水泳競技者だった。(国体3度の優勝、マスターズ日本新記録をいくつも樹立、世界大会の準優勝)

 

(2階の展示室 2)

 

前田は、結婚後の私たち家族の前に突然現れて、その10数年後に突然に逝ってしまった。強い印象を残して。

そのときの私のブログ

 

(絵の一部)

 

前田の配偶者は佐々木恵未さんの友人だと聞いてもいた。

 

(1階に戻る)

 

帰宅してから女房が「ケイコさん(前田の妻の名)、前田さんと佐々木恵未さんは同じ頃に亡くなったって話していたよね」と言うのであわてて日記を見る。

 

(外観)

 

前田新維 2014年1月14日逝去、享年67歳。

1週間ほどしか違わない。

だからどうしたという、とても個人的なことではあるのだけど、今日のこの日の童画館訪問もまた大切なご縁であったのだと、ブログを書き終えながら思っている。

 

『 「世界で一番小さくて可愛らしい美術館を一緒に建てようや」と言っていた彼女の夢を叶えたいとの思いから、アトリエのある生家を改築し、こうして今日の「恵未童画館」があります。(中略)彼女の願いでもあったこの小さな童画館が、訪れる人、誰もを温かく包み、やさしい気持ちにしてくれるような癒やしの場でもあるなら何よりも幸せです。 』 (童画館のリーフレットより)


土師ダム湖畔ハーフマラソン

大会開催日 : 2018.11.23

(昨日の神楽の投稿に続いて、これも3ヶ月遅れの投稿です)

 

この大会も5年連続の出場になったのですが・・・

 

(ハーフマラソンはこのダム湖の周回道路を2周します)

 

50歳を過ぎた頃からマラソンを始めて早7年。

最初の4年間は、ハーフマラソン、フルマラソン、ウルトラマラソンといろいろな大会に出場してきたのですが、3年前に農業を始めてからは走る機会がめっきり減っています。(理由:走る時間がないこと。毎日が体を使う仕事であること。年齢的なこと)

 

(駐車場から大会会場へ向かう。この道を走ります)

 

この大会も1年ぶりのマラソン大会となりました。

 

 

前回のこの大会のタイムが「2時間2分4秒」。

 

(湖畔のこちら側は車道ではなく歩道を走ります)

 

そして、今回も「2時間2分4秒」と秒まで同じ。

 

(湖の上流側はこの橋を、下流側はダムの上を走って対岸に渡ります)

 

今回も女房は3kmの部に出ました。

タイムは分からないのですが(ハーフと違って3kmの部は記録証がすぐに出ないのでいつももらっていない)、数年前の初参加から参加のたびに少しずつ順位を上げているのではないかと思います。(たぶん)

 

(スタート前の様子)

 

今年は仕事に余裕をつくって、もう少し走る機会を増やしたいものです。

 

 

これまでの同大会の記録(秒は切り捨て)

2014年 1時間45分
2015年 1時間47分
2016年 1時間53分(農業を始めて走る時間がなくなる)
2017年 2時間02分
2018年 2時間02分


市山大元神楽

《2018年11月17日(土)~18日(日)島根県江津市桜江町市山 飯尾山八幡宮にて》

 

朝3時30分に家を出て、4時には目的地に着きました。

6年に一度の市山での大元神楽も私にとっては3回目となりました。(前回のブログ


大きく遠回りをしなければたどり着けなかったこの土地も、数年前に完成した山越えの道路によって以前の半分の時間で行くことができます。

 

(綱貫)

前の晩に飲み会があったので一眠りしてから出掛けたのですが(運転は女房)、幸いにして綱貫~六所舞~御綱祭と続く、大元神楽のクライマックスである託舞(たくまい、神懸かりの舞)に間に合いました。

 

神殿の前にとぐろを巻くようにして鎮座していた大元の神様の依り代である藁蛇(託綱という)が、ほどかれて舞殿に現れる頃から場の空気が変わります。

本来はこの綱貫(つなぬき)において、託太夫が神懸かるのだそうです。


(五龍王)

綱貫のあとには五龍王という舞が行われます。

さっきまで舞殿を練り巡っていた託綱が、天蓋(てんがい、色とりどりの紙が下がっているところ)につり上げられています。

 

最初の綱貫で神懸かりが起こらなかったときには、五龍王の後のこの六所舞で託太夫に神懸かりを促します。

(神懸かり要員として3人の託太夫がいて、1人目が神懸かりにならなかったときには、2人目、3人目と順番に繰り返して行きます。今回は2人目で神懸かりがありました)

 

近年ではどの地域の大元神楽も、神懸かりの神事(舞)は形式的なものになっているのですが、この神楽団は精進潔斎をした託太夫を準備して伝統を継承しています。

 

 

(成就神楽)

一連の託舞が終わりました。


 

外に出ると夜が明けていました。蛭子(えびす)・黒塚・塵輪(じんりん)と、この後もまだ舞は続くのですが、仕事もあるので帰路につきました。

 

(3ケ月前の神楽なのですが、家業多忙などで、ようやく投稿することができました)