幻の滝、ハンザケ渕 ・ 双子滝

山とか渓谷とか滝とかに関心を持つようになったのは、中学生の頃です。

特に滝が好きで、厚い地図帳で全国各地の滝の場所を確認しては喜んでいるような子供でした。(基本的には今も変わらない)

実際に、あちらこちらの滝を訪れたりもしました。

同級生と自転車で遠出をして、徒歩で谷を遡り、地図を頼りに滝を目指したことも一度だけではありません。

あの頃からおよそ半世紀、そんな自分には近隣の滝について有名・無名を問わず知らないところはないと、ずっと思っていたのです。

インターネットのフェイスブックで画像の滝とともに次のような投稿を目にしたのは、今から3ヶ月前の7月1日のことでした。

『 日貫の吉原地区にあります。 気軽に入れる場所ではないので、詳しい場所は公開しておりません。』

『 日貫老人クラブの方が20年位前に作られた冊子に、「ハンザケ渕」と紹介されていたと情報も頂いております。』

『 90歳の方にもお話を伺い、滝の名前はご存じありませんでしたが、50年位前には、多くの方々がこの滝を見に訪れていたそうです。(この滝の近くに、峠を越える山道があり、滝を眺める為に寄り道していたらしい)』

『 日貫の人に聞いたら、双子滝だって言ってましたよ。』

日貫の吉原といえば、ここ矢上のすぐ隣です。

その辺りには地図や町誌などの郷土資料だけでなく、県内の滝を隈無く掲載しているインターネットの某ウェブサイトにもあの画像のような滝はありません。

それからは、たまたま出会ったその地域の人に尋ねてみたり、国土地理院の地図(等高線がいっぱい引かれている地図)で滝のありそうな地形を探して見当をつけた谷へ車道の行き止まりまで行ってみたりして、どことなく落ち着かない日々を過ごしていました。

(地元のことだから努めれば早く知るすべもあるのだけど、見知らぬ滝の場所を推測することも楽しみなのです)

2021年9月19日(日)、天気は晴れ、昨日の雨で水量も期待できる。

たまらず向かったのは、我が家から車で10分、そこから徒歩20分ほどでたどり着ける場所でした。

こんな近くにこんなに立派な滝があったとは・・・

若い頃はひとりでも山の中に平気で入っていたのですが、年齢を重ねるうちに次第に怖く思うようになりました。

だからこの滝へも、いつかの機会に誰かと行ければいいのだけど、ぐらいにしか考えていなかったのです。

ところが・・・

毎月各戸に配られる町の広報誌の表紙に「涼をもとめて・・・日貫地区ハンザケ渕」という文言とともにあの滝の写真が大きく掲載されたのが、滝のことを知った2ヶ月後の8月下旬でした。幻の滝が唐突に公の場に現れた感じです。

それからは質問もやりやすくなりました。前述の「その地域の人」に再びたまたま出会ったので、『あの広報の写真は・・・』と聞くと、『自分も知らなかったけど近くに住む人が〇〇さんちに流れる川の奥って言ってたよ』と答えました。

(すぐに地図と車で現地周辺の地形を確認。そこは推測していた川のもう一つ隣の川の下流部であって、上流部ばかりを想像していたために盲点となっていました)

さらに、地元の人の案内で谷に入った県内の滝の愛好家がユーチューブに投稿した、滝までの道順の動画を見たのが9月の初旬だったと思います。

これではもう行かないわけにはいきません。

谷から出ると、その先には見慣れた風景が広がっていました。

誰かを誘おうとも思ったのだけど、結局は一人で行きました。

心細くはあったけど、不安と緊張、そして期待とが入り交じったずいぶんと久しぶりの体験となりました。

(怖いから鞄などに下げる熊鈴をずっと手で振りながら歩いた)

※ この滝は「ハンザケ渕」が通り名となっているようですが、現時点では「双子滝」という情報もあるので、タイトルに併記しました。

※ 場所は日貫だけど、矢上と隣接する場所でもあるので、カテゴリーを「矢上のこと」にしました。


宅野 、森山大道

『日本カメラ』、『カメラ毎日』、『アサヒカメラ』・・・

高校生の頃は、学校の近くにあった書店でいつもカメラ雑誌を立ち読みしていたので、その写真と名前は何度も目にしていたと思うのです。

写真集(左)とそのケース(右)

先月(7月)のある日のこと、車で1時間の大田市へ行き、所用後に市の図書館に立ち寄って、それなりにそろっていた数冊の写真集を開いてから次の目的地へと向かいました。

目的地は、宅野(たくの、島根県大田市仁摩町宅野)です。

大田市の中心部から日本海沿いに西へ10km、世界遺産の石見銀山からは山を越えて8kmほどのところにある海に面した町です。

写真家、森山大道(もりやまだいどう、1938-)さんの作品を再び(今度は意識的に)目にすることになったのは、 今から20年ほど前、書店で立ち読みをしていたときからはおよそ25年が過ぎた頃の、 開館(1999.3)したばかりだった島根県立美術館でした。

そのときに、島根に縁のある作家として展示されている多くの写真とともに、氏と宅野との関係を知りました。

森山大道さんは2歳からと9歳からのそれぞれの数年間、宅野にあった父親の実家で暮らしています。

「家から駅にむかう一本道をまっすぐ進み、坂を登り切るとその土手だった。列車が近づいてくるのを息を詰めて待つ。まだ汽車だった時代で煙をはきながら現われ、次の瞬間、デッキに立って手を振っている父の姿が見えた。」(大竹昭子「森山大道のOn the Road」

「坂を登り切ったところにある土手」の線路脇から望む宅野の町並み

宅野を歩くのはこれで2度目になります。

最初に立ち寄ったのは国道から少し離れた場所にあるこの町が気になったからで、それがどれほど前のことだったのか、そして、そのときに森山大道さんと宅野とのことを知っていたのかどうかも記憶は定かでないのですが、2度目の今回は、たまたまネットで目にした森山大道さんに関わりのある諸氏へのインタビュー記事と、さらには、そのうちの1人の大竹昭子さんによる評伝 「森山大道のOn the Road」 を読んだことがそのきっかけになりました。

「だって、どの国に行ったってさ、日本の写真家で真っ先に名前の挙がるのが、森山さんだもん」(写真評論家、飯沢耕太郎)

「とにかく、森山さんが暗室の中でやっていたことは、学生に教えることからすると、「反則技」みたいなことばかりなんです」(写真家、小林紀晴)

「森山さんの場合は、ある意味、まるっきり愚直なやり方です。毎日ストリートに出て、いちばんシンプルなカメラで撮る、だけ。それしか、やってない」(作家、大竹昭子)

(以上、 「ほぼ日刊イトイ新聞、はじめての森山大道」より)

1987年(森山氏49歳頃)に撮影された作品によって構成された写真集『宅野』の最後に近いページには森山家の墓石とその周辺を写したものがあって、上述の評伝 「森山大道のOn the Road」 には墓所についての記述があります。

町のなかから眺めると、小高いところにたくさんの墓石が立ち並んでいるのが見えました。海と山とに囲まれた土地故にこの町の墓は共同の土地に立てられているようです。

市立図書館で見たばかりの写真を思い出しながら墓石を探したのですが、この場所ではないのか見つけることができませんでした。

ただ、お墓参りはかなわなかったけど、墓所のある高台からは写真集のこれもまた最後の辺りにあった1枚の写真と同じ海岸の風景を目にすることができました。

(帰宅してから 「森山大道のOn the Road」 を読み返すと、2003年の会話として「ここが代々の墓所だったところです。墓自体はもう埼玉に移してしまったけど」とありました)

(ひょんなことから大田市へまた行くことになったので、市の図書館に立ち寄り写真集『宅野』を見たら、海岸の写真は「写真集のこれまた最後の辺り」ではなくて前半の辺りでした。2021.8.25)


異なるところ(広島へ)

 

2020年11月15日(日)

 

8ヶ月ぶりに広島へ行きました。

高速道路を走れば1時間で行ける「一番近い都会」なので、新型コロナウィルス感染症がなかったらこれほど間があくこともなかったでしょう。

 

 

最初の目的地はこちら。広島市営基町高層アパートです。

 

 

すぐ横にある市内中心部への道路は自動車や徒歩で何十回と通っているのですが、その敷地内に入るのは初めてです。

 

 

アパートの敷地中央にショッピングセンターがあることも知りませんでした。

 

 

企画展「カナリアがさえずりを止めるとき」の会場Alternative Space COREに着きました。

(左側のポスターの講演会は別の日に関連イベントとして行われたものです)

 

 

ここは、ショッピングセンターの空き店舗を利用して2017年にオープンした文化活動のための多目的スペースなのだそうです。

 

 

ショッピングセンターは人工的につくられた地面の下にあります。(人工地盤と言うとのこと)

 

 

全国各地の商店街と同様に、ここもシャッターが目立ちます。(夕方から営業の店もあるようです)

 

 

展示された作品を観て、会場にいた主催者の一人と思われるKさんにいろいろと話を聞いてから、高層アパートにも少しだけお邪魔しました。

 

 

「独特な構造や規模などにより、現代建築としても評価され」(ウィキペディア)「日本の集合住宅史に残る大作であると同時に、都市計画の教科書にも掲載されている」(arch-hiroshima

・・・なるほど、通路を歩くだけでもそのユニークさが見て取れます。

 

 

原爆により焼け野原となったこの土地に不法占拠によるバラック小屋が密集することになり、その解消のために1969年に建築されたのがこのアパートなのだそうです。

 

 

エレベーターで最上階まで行きました。

人工地盤が見えます。ショッピングセンターはその下にあります。

 

(人工地盤の上は緑地と歩道になっています)

 

今回の広島行きは、2日ほど前にジャーナリスト津田大介氏の「ポリタスTV」というネット番組で、企画展の様子が紹介されているのを観て思い立ちました。

 

(歩道から見た高層アパート。ちなみに、緑地には入られないようです)

 

その番組は、実際に訪れた津田氏が出展作品などの写真とともに1時間をかけて紹介したもので、そこでは高層マンションのことも少し触れられていて、企画展とともに関心を持ったのです。

 

(人工地盤中央の開口部)

 

2010年の古いデータなのですが、この高層アパートの居住者は約5,500人で、日本国籍以外の住民は17.5%とのことです。そして高齢化率もかなり高いようです。(ウィキペディア)

 

(ショッピングセンターへと下りる階段)

 

企画展会場にいたKさんも、このアパートの歴史的な価値や、外国人の居住者の増加によって多国籍的な文化が形成されつつあることなどを話していました。

 

(中程右側の大きなオレンジ色がショッピングセンターで、その東西と

北側にジグザクと連なっている水色が高層アパートになるようです)

 

 

高層アパートの敷地を出ると、隣は広島市中央公園でした。その先には市の中心部があります。

 

 

中央公園の広場ではサッカーの試合をやっていたのですが・・・

・・・よく見ると、試合をしている人も応援している人も、どうやら全員が外国人です。

 

 

2019年の広島市の統計では、外国人の人口が19,516人。主なところで、中国5,406人、韓国および朝鮮5,357人、ベトナム3,423人、フィリピン2,069人となっています。

(同じ国の人たちの集まりという印象だったのだけど、おそらくベトナムかフィリピンではないかと考えます)

 

 

企画展でKさんが言っていた「多国籍的な文化が形成されつつある」という言葉の実際を、さっそく目の当たりにすることになった訳です。

 

 

市の中心部にあるバスセンターからバスに乗って郊外へ向かいました。

次の目的地は、広島市立大学です。

 

 

会場は芸術学部の建物内。

企画展「カナリアがさえずりを止めるとき」の第2会場が基町高層アパートのAlternative Space COREで、本会場がこちらという位置づけのようです。

 

(『天国の工場で量産されたストリッパーたち』宮内彩帆)

 

これは企画展の作品のひとつ。

複製されたストリッパーたちが壁に並び、チアガールは床に落ちています。

 

(手前『パパ?/Papa?』松田莉奈、奥中央『All eyes on me』隅田うらら)

 

会場では、この企画展の主催者代表である岩崎貴宏さんという方に少し話を伺うことができました。

(岩崎さんは生まれ育った広島を拠点にして国内外で活躍している著名な芸術家だということを、帰宅してからネットで調べて知りました。写真の3人のうち右側が岩崎さんです)

 

(周囲『spare-part』、中央『His life』岸かおる)

 

今回の企画展は広島市立大学などに縁のある16人の作家が参加していて、そのうちには広島在住の作家も多いようです。

 

(『ハイヌウェレの彫像』久保寛子:作品の一部)

 

知らない土地に入り込んだような基町高層アパート。

 

中央公園で見た異国の人たちによるサッカーの大会。

 

田舎にはほとんどいない何人もの都会の芸術家とその作品。

 

そして、企画展のテーマとしての異なる性。

 

・・・よい勉強になりました。

 

 

 


劇団ハタチ族の366日毎日公演 at エキノマエ

 

ちょうど1年ぶりのお手伝いでした。(前回についてはこちら

 

【 劇団ハタチ族の366日毎日公演 at エキノマエ 】

一人芝居 「10万年トランク」

作・演出 樋口ミユ 出演 西藤将人(雲南市 劇団ハタチ族)

 

日 時  2020年3月22日(日)14時00分開演
場 所  エキノマエ(島根県邑智郡邑南町矢上)
観劇料  投げ銭制

 

 

当地での初公演であった前回は、公立の矢上交流センターを会場としたのですが、二度目の今回はここにしようと考えました。

 

 

ここは、昨年の暮れに矢上駅(鉄道ではなくバスの駅)の向かいにオープンした「エキノマエ」です。

 

 

劇団ハタチ族 (島根県雲南市) 代表 西藤将人
2015年 『365日公演』 達成
2018年 『西藤将人の、全国47都道府県ワンマンツアー』 達成
2019年 『西藤将人の、島根県全19市町村ワンマンツアー』 達成
2020年 『366日毎日公演』スタート

 

去年お手伝いしたのが『西藤将人の、島根県全19市町村ワンマンツアー』で、今回が『366日毎日公演』という訳なのです。

 

(舞台づくりの思案中)

 

昨年(2019年)の他劇団での出演(西藤将人)

・南河内万歳一座 『唇に聴いてみる』
6/6~9 ザ・スズナリ(東京都下北沢)
6/12~17 一心寺シアター倶楽 (大阪市)
・刈馬演劇設計社 『異邦人の庭』
11/15~17 G/Pit (名古屋市)

 

・・・偶然にも、2年前(2018年)に伯母の葬儀で上京したときに、たまたま私は下北沢の劇場ザ・スズナリで演劇(渡辺えり主宰、オフィス3○○(さんじゅうまる)「深夜特急」)を観ているのです。

 

 

30満席を目指して開始した当地での企画も、その後の新型コロナウィルス感染拡大という事態に宣伝も控えめにして状況の推移を見るばかりになったのですが、それでも半数ほどの観客を得ることができました。

 

 

この「時と場」を観たいから、演劇公演のお世話をしているのです。

 

 

上演後には、数人の残った人たちと演者を囲んで茶話会を行いました。

 

 


ジャズ アット 縁

最近では、民泊とかゲストハウスとかと言うものがずいぶんと増えているようです。

私の町内にもこの1年ほどの間に、そんな施設が2つほどできました。(まだあるみたいだけど私が知っているのは2つ)

 

 

そのひとつが、民泊&フリースペース『縁』です。

2019年5月オープン。元旅館を改装した建物だそうです。

 

 

去年の12月14日(土)に、この『縁』でジャズのコンサートが開催されました。

 

 

演奏したのは、地元のギターリストを加えたあのバンド、同じ年の10月7日に広島市まで出かけて聴いたあのバンドです。

その時のブログはこちら

 

 

 


土師ダム湖畔マラソン大会

大会開催日 : 2019.11.23

(2ヶ月遅れの投稿です)

 

走り始めて早8年。その間に10km、ハーフ、フル、100km、トレイル、と数えてみれば延べ25回ぐらいの大会に参加しています。

そして、そのなかでもこの大会が一番多くて、今回で6年連続、6回目となりました。

 

 

ただし、今回は前回までのハーフ(21km)ではなくて、10kmです。

この距離なら、普段の肉体労働(農業・養蜂業)と朝と夜の犬の散歩と週1~2回のバスケでなんとかなりそうです。(練習なしでのハーフはつらい)

 

 

農業や養蜂業を始めてからは、マラソン大会以外で長い距離を走ることもなくなりました。

 

 

その理由としては・・・

① 冬以外は仕事などのために走る時間的余裕が無い。

② 体を使う仕事なので、さらに長い距離を走る気にならない。

③ 年齢的に、走り出したい、という欲求が薄れた。

・・・ということになるのだと思います。

(去年のこの大会の自分のブログを見ると同じこと書いてました)

 

 

ハーフマラソンの部のスタートを撮りました。去年までは、このなかに私もいたのです。

 

 

このあと私は10kmを無事完走。(女房は3kmの部に出場)

さて、次は3月1日に出雲市で行われる、くにびきマラソンの10kmの部に参加する予定です。(女房は3kmの部)

 

(大会参加も年2回ぐらいになり、距離も10kmと短くなったのですが、まあそれもまた良しということで・・・)


Jazz

 

今から30年ほど昔、東京の大学を卒業し郷里の役場に就職して数年が過ぎた頃には、近所に私より少々年上でギターを弾く人がいると聞いてその名は知っていました。

そのときにジャズを演奏する人とも聞いたのではないかと思うのですが、それはよく覚えていません。

 

 

Hさんを直に知ることになったのは、今から10年ほど前のことです。

当時、私の同級生が知り合いに声をかけて、週に1回程度集まって音楽の演奏をしていたのですが、その中にHさんがいました。

Hさんは初めての集まりのときに、ずいぶんと久しぶりにギターを手にしたと話していたように思います。(記憶違いかもしれません)

 

 

1年ほどで立ち消えになったその集まりでは、ボーカルを加えたポップス(歌謡曲みたいなもの)をやっていました。

だからHさんの実力のほどは今ひとつ分からないままだったのです。

 

 

それから、この1年ぐらいのこと。

まずは、広島の演奏家とHさんがジャズを始めたことを知りました。

(私の妻はHさんの奥さんと仕事や趣味での20年来の付き合いなので、その辺りの情報は入ってくるのです)

地元での演奏も2回ほどありました。

でも、いずれもクラブDJ(ディスクジョッキー)と言うみたいなのですが、若い人が集まる場でのある時間を使った演奏で、その開始時間が午後10時以降と遅くて行けません。

さらには、春になると都会のライブハウスでの演奏の話が入ってきたのですが(これにはちょっと驚きました)、場所が山口県宇部市ということで島根からは少々遠すぎて、これも断念しました。

 

 

そして、先日の広島市でのライブ。

その名を知ってから30年。ついにHさんのジャズの演奏を聴くことができました。

 

(この写真は2曲ほど演奏されたボーカル付きのもの)

 

ギター、ベース、ドラムスは私より年上で60代半ばまでの年齢。そして、ピアノは20代半ば。その4人が演奏するジャズはとても本格的なものでした。

 

(マイルス・デイヴィス、ウェス・モンゴメリー、ジム・ホール・・・と、演奏された10曲ばかりのうちの多くは、私が東京の下宿で聴き始め今でも愛聴しているものでした)

 

 


半夏 田植えばやし

 

2019年7月7日(日) 島根県邑智郡邑南町矢上

 

田植ばやしについての投稿は2015年以来の4年ぶりになります。

(前回の投稿については上記Tagsの「半夏」をクリックしてください)

そして、その4年ぶりの今回の投稿は1ヶ月以上も遅れてしまいました。

 

 

例年通り午後3時から矢上小学校校庭で一難城やったあとにお宮へ移動しました。

(写真後方に見えるのがお宮の森です)

 

「一難城(ひとなんじょう)」とは「一曲」というぐらいの意味になります。

 

 

お宮では四難城行います。

 

 

近年では小学生全員が参加するこの行事も、私が子供の頃は集落ごとに参加不参加がまちまちで、参加することによってお花(現金)がもらえる他集落の同級生たちを子供心にうらやましく見ていたものです。


 

それまで田植えばやしに縁がなかったそんな私が小太鼓を叩き始めたのは30代半ばのことでした。

 

 

手取り足取りに教わる機会があるわけではなく、この時期に数回通しで行われる予行練習と当日の本番だけで見よう見まねに続けてきたということもあって、小太鼓を叩く上での田植えばやしの全体像をそこそこ理解するにはそれから10数年の歳月が必要でした。(ようやく「なんとなくわかった」という感じです)

 

そして、そんな悠長なことを20年も続けてみると、そういうことをもっているということに自分にとってのある価値を感じるようでもあるのです。


新緑の候

 

午前中の養蜂の仕事の帰り道、みどりがやけにきれいなので撮ってみました。

 

熊ヶ垰(くまがたお)


原山(はらやま)

 

冠山(かんざん)

 


岩国ジャズストリート

 

4月28日(日)ゴールデンウィーク2日目。

女房が知人から「こんなのがあるんだって」と教えてもらったので、島根から出かけて行きました。

午前11時過ぎ、JR岩国駅下車。駅前の商店街へ向かうと、アーケードの方から「これから第5回岩国ジャズストリートを開催します」とマイクを通した声が聞こえました。

 

Jazz General(広島大学Jazz研究会の現役とOB)

 

この場所で開会宣言があったようです。

午前11時30分。12時からの各会場でのライブに先駆けての演奏です。

気分が高まります。

 


Corydoras Jazz Quartet(岩国市を拠点)

12時からの「鹿鳴館」でのライブ

 

このイベントは、商店街12ヶ所の店舗などで同時に開催されるので、チラシのスケジュール表を見ながら行き当たりばったりで行動するしかありません。(お目当てのバンドがある人は別ですけど)

 

岩国Jazz9(岩国市ほか)

13時からの同じく「鹿鳴館」でのライブ

 

1セットが1時間。そのうちの40分が演奏時間で、残りの20分が次の演奏者に交代する準備時間になっています。

 

 

次の会場に向かう路上でも演奏してました。


Alter Ego(広島・岡山を中心に活動)

14時からの「ほまれ座」でのライブ

 

出演は全部で約60団体。

それに対して、開催は12時から17時40分までの約6時間。

普通なら(演奏中に会場を移動すれば別だけど)6グループの演奏しか聴けない訳です。

 

 

ちなみに、これを持っていればどこの会場でも入ることができます。

 

over ride(岡山県を中心に活動)

15時からの「club LOUDSTAR」でのライブ

 

いろんなお店に入ることができるのも楽しかったです。

 

organ shining ☆stars(山口県柳井市で活動)

16時からの「錦月堂本舗」でのライブ

 

ここまで行き当たりばったりで選んだのにどの演奏も素晴らしかったということは、聴けなかった残りのグループの演奏もおおよそ推測できるというものです。

どれも想像以上であろうということを。

 

憩ブルース探偵団(岩国市を拠点)

17時からの「ピアノ」でのライブ

 

ところで、私もギターとか弾けるんです。かれこれ40年ぐらい弾いてるんです。

だから、あんなに上手に演奏できる人たちを次から次へとたくさん目の当たりにして軽いショックを受けています。

(みんなすごすぎるというか、こちらがだめすぎるというか・・・とほほ)


 

ノリノリのロックンロールのこのバンドのアンコールには(最後のバンドの演奏なので特別にアンコールがあったようです)、前夜に岩国市民文化会館でコンサートをしたという、ニューヨークで活躍するジャズピアニストの大林武司さんと彼のバンドのベーシストが参加して、最高に盛り上がりました。

 

さて、ギター練習しようっと・・・