矢上のスポーツバー

ドアを開けたら~♪

そこは、スポーツバー。矢上初のスポーツバーです。

今日はそのお店のプレオープン。

当面は一見さんお断りなのだそうです。

今夜は、矢上中年隊とその他の若いバスケプレイヤーたちとの、忘年会&開店プチ祝賀会でした。

大画面でNBAの試合を(心地よい酔い加減で)観戦しました。

さて、矢上のバスケはこれからどんな風に展開していくのでしょう。

乞うご期待!

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日貫大元神楽

《2017年10月13日(金)~14日(土)島根県邑智郡邑南町日貫 大原神社にて》

 

日貫の大元舞(大元神楽)には、行きたかったのです。

(黒塚)

日貫の谷舞は30年近く昔に1回、そして、去年に2回目(こちらを参照)を見ていたのですが、日貫の大元舞はまだだったんです。

(黒塚)

五つもの神楽団が協同して行う大元舞はここだけなので、ぜひ行きたかったのだけど、日中の農作業で疲れたので諦めて床についたのですが、午前3時過ぎに目が覚めて眠れなくなったので思い立って出かけることにしました。

午前4時頃に到着すると、「黒塚」の最中でした。

(鐘馗)

それから、「塵輪」「鐘馗」「五龍王」と続いて、神職による「綱貫」「御綱祭」が終わったのは午前7時頃でした。

(「鐘馗(しょうき)」なかなかよかったです)

(大元舞を終えて控え所に戻る神職さんたち)


ピクニックラン桜江

今年も参加しました。月日が経つのは早いもので、この大会もこれでもう5回目です。

(スタート直前の様子)

50歳になったころから走り始めて、ランナーとして初めて参加したのがこのマラソン大会でした。

さあ、スタートです。

この大会の自己ベストは2年前の2時間(裸足で完走)なのですが、農業や養蜂業で忙しくてこの4ヶ月ばかりはまったく走っていないので、2時間30分ぐらいを目標にしようと思っていました。

今年も去年に続いてこれで走ります。(100均のビーチサンダルの花緒をとって靴紐を着けています)

2月末の総社マラソン(42km)で使ったものですけど、まだまだ大丈夫です。

(前半の、江の川沿いのコース)

このブログにも何度も登場している、お馴染みの緑レンジャーさんも参加していました。

これもコース前半の、来年には廃止になる三江線です。

普段は利用しないようでも、なくなると思うと寂しいものだなあと、感慨に耽りながら走っていたら・・・

なんと、列車がやって来ました。

一日に4便ぐらいしかないので、この路線を走る列車を見ることは地元の人にとっても滅多に無いことなのです。(後で調べたら、これは臨時列車だったようです)

去年に続いて今年も、コースの途中で知人から冷たいものを頂きました。

(エイドで頂戴したトマトと一緒に、応援する市山地区のみなさんをバックにして撮影)

さて、これから峠越えの後半のコースへと向かいます。

・・・

タイムは2時間20分とちょっと、でした。

普段、走っていない割には、まずまずの結果だったと思います。

ずっと走っていないし、夕方には野菜の収穫もしたかったので、タイムを気にせず無理のないようにのんびり走ろうとしていたのですが、そんな心のもち方が引き寄せてくれたのかどうかは分からないけれど、スタート前やフィニッシュの後などには、数年前に数人で行った石見銀山トレイルランで一緒になった隣町の女性ランナーさんや、この大会の初参加のときに(その後のネット上で)知り合った隣県のランナーさんと話ができたし、峠越えをしているときには、これもまた数年前に数人で行った広島顔マラソンで一緒になったこれもまた隣県のランナーさんが声を掛けてくれたりして、いつも以上にいろいろな人と関わることができた大会になりました。

(女房も10kmのコースを走りました。走ったと言っても、峠越えからはほとんど歩いたみたいですけど)


夏至のころの冠山

1990年6月24日 5:30頃、目が覚めてふと外を見ると(昨夜は蒸し暑かったので窓のカーテンを閉めずに網戸にして寝ていた)、冠山の頂上から太陽が昇りはじめていた。つい先日、『聖トポロジー~地霊の変容~』(鎌田東二)のなかの次の文章を読んだばかりだったので不思議な感じがした。

『その目に見えない霊的な三角形の中に太陽や月が浮き上がってくるときに、古代人は特別に神聖な意識体験をしたにちがいない』

(2017.6.23)

その日記を書いた日から(思えば、それは独身最後の年のことだった)27年が過ぎました。

 

(2017.6.19 日の出を待つ)

 

そして、27年前のあの朝、偶然に目にした光景をまた見ることができました。

 

(2017.6.21 夏至。天気は雨)

 

 

(2017.6.22 下界からは霧で冠山が見えないので山の上の展望台へ行く)

 

(2017.6.22 展望台から下りて)

 

冠山(かんざん)は私の暮らす於保知盆地(おほちぼんち)の東面に聳える標高863mの山です。

 

(2017.6.23)

 

1年のうちで最も昼の時間が長い夏至(今年は6月21日)のころには、私の家から見るとその冠山の頂から太陽が昇るのです。

 

(2017.6.23)

 

あの日からずっと、この時期になると気にはなっていたのですが、日の出の時間も1年のうちで最も早い訳で、勤め人にとっての朝の5時過ぎという時間は目覚めるには早すぎたのです。(梅雨時なので見られないことも多い)

 

(2017.6.24)

でも、今は違います。

 

(2017.6.24)

 

植物(農業)や虫(養蜂業)を扱うことを生業とすると、自然の生命力が最も活発になるこの時期には、自ずと目覚める時間になったのです。


採蜜

 

2週間(うち実作業8日)に渡って行った採蜜が終わりました。

 

採蜜の2日前の、5月25日(木)に道具の一部を運びました。

蜂場では蜂たちが活発に働いています。(この時期の半月ほど、山の木々の花がたくさんの蜜を出すのです)

5月27日(土)、採蜜初日です。これらの荷物は毎回、自宅から蜂場へと持ち運ぶことになります。

準備ができました。遠心分離器は大きくて重いし、使用する道具もいろいろあって準備や片付けもなかなか大変です。

蜂場から見た風景を・・・

望遠で写すと・・・たくさんの蜂が飛び交っています。

採蜜の作業は・・・

① 巣箱から蜜の貯まった巣枠を取り出す。(8~9枚の巣枠を取り出します)

② 取り出した巣枠を巣箱の中で揺すって、巣枠の両面を覆っているたくさんの蜂たちをぶんぶんと振るい落とす。

③ それでもまだ巣枠にいっぱい残っている蜂たちをハケで、どさっ、どさっ、と、払い落とす。

④ 巣枠(8~9枚)を一輪車に乗せて運ぶ。

⑤ 巣枠に掛けられた蜜蓋(みつぶた)を、熱湯で熱した包丁でそぎ落とす。(蜜が貯まるとミツバチは体から分泌される蝋で蓋をするので、それを取り除くのです)

⑥ 遠心分離器を回して採蜜をする。

⑦ 巣枠を一輪車に乗せて運ぶ。

⑧ 巣枠を巣箱にもどす。

・・・という工程を繰り返すのですが、ひとつの巣箱に2人でおよそ30分の時間が必要なのです。

採蜜2日目。まだまだ先は長い。今日もがんばらなくては・・・

・・・3月半ばに、前日まで蜂の仕事をしていた89歳の義父が入院し、そのまま4月1日に逝ってしまいました。

そのために、今回は私たち夫婦での初めての採蜜になったのです。


仕事のあとに(5月の夕暮れ)

田圃に水を溜めてトラクターで代掻きをしました。

正午過ぎには終えることができて、午後からの雨に濡れることはありませんでした。

夕食の前に外に出てみると、雨上がりの空が田圃の水に映っていました。


加茂神社祭(矢上 諏訪神社にて)

毎年4月25日は、諏訪神社で行われる加茂神社のお祭りです。

なぜ諏訪神社で加茂神社のお祭りが行われるのかというと、時代を遡ること明治の時代、神社合祀令という「お宮は村や町の一箇所にまとめなさい」との時の政府の命令で、ここ矢上地域(当時は矢上村)においても、村の上流域にあった加茂神社が村の中ほどにある諏訪神社の境内に移され、それから諏訪神社で加茂神社のお祭りが行われるようになったのです。

島根県指定の天然記念物、諏訪神社参道 杉並木です。昭和44年に21株が天然記念物として指定されたのですが、10年ぐらい前にそのうちの2本が強風で倒れて、さらに数年前には立ち枯れのためか1本が切り倒されています。

私が子供のころには、参道やその先の商店街にまで屋台が連なって賑やかなものでしたが、今では参拝者さえもまばらな状況です。

あの頃は職場も学校も、お祭りの日は午後からお休みだったように記憶しています。

今回は矢上地区の5自治会で順番に廻ってくる当番期だったので、お神輿を担ぐ役目としてお宮に行ったのですが、降雨の心配があって急遽、お神輿は中止となりました。

地元のお祭りとは言え、ほとんどの人が役割が廻ってこないとお宮に行くこともない時代になってしまいました。

そのことの良し悪しをここで言うつもりはないのですが、前日のお宮でのお祭りの準備(境内の清掃や幟などの飾りつけ)を当番として携わり、お祭りの場として飾られていくお宮の様子がとても印象的だったので、当日の今日、写真を撮ってブログにしてみようと思ったのです。